お遍路さん気分でゆこう
週末 四国八十八か所おさんぽ旅 in 今治
【第5回】作礼山 千光院 仙遊寺

お遍路さん気分でゆこう
週末 四国八十八か所おさんぽ旅 in 今治

旅のおとも ぶじカエルくん

紅葉から冬景色へ。温暖化の影響著しい昨今、移り変わる季節を体感できる喜びをかみしめたい山のおさんぽ。冷えた身体をあたためるのは暖かいおしゃれと、どっさりのパンで。

五十八番札所 作礼山 千光院 仙遊寺
(されいざん せんこういん せんゆうじ)

飛鳥時代、天智天皇の勅願で当時の国守・越智守興が開山し、初めは「千光院」といわれていた。約40年間ものあいだこの地で修行した阿坊仙人が、養老2年(718)に忽然と姿を消したことから、仙遊寺という寺名になったといわれる。

龍女が彫り上げた「一刀三礼の観音像」伝説

仙遊寺は標高281メートルの作礼山山頂近くに建ち、「おされさん」の呼び名で親しまれている。今回は見事な紅葉に惹かれて、山門近くの「放生池」からおさんぽを開始。

池には小さな祠「龍神窟」があり、神秘的な雰囲気だ。赤い鳥居には「竜女宮」と記されている。
仙遊寺には「龍女伝説」なるものがある。それは、海から川を伝って作礼山に登った龍女が、一刀刻むごとに三度の礼拝をしつつ何日もかけて千手観音像を彫り上げたというもの。スマホで地図を開くと、たしかに「龍登川」がある! しかも、それは父の実家近くを流れる、幼いころから見知った川だった。

観音様が座る美しい池のほとりで、ごくごく身近に、関心さえ向ければ、そこに湧き立つようにあらわれる物語があるのだと、あらためて思い知った。父が子どものころは、コンクリートの護岸もなく、子どもの遊び場だったらしい。河口は入江となっているが、現在よりさらに開けていて、「入海(いりうみ)」と呼ばれていたとか。当時の光景を想像すると、龍女が海から山へと登るのにふさわしい場所かもしれない。

「やはり歩いてみるものだなぁ」。さっそくおさんぽの醍醐味を味わいながら、かわいらしいお地蔵さまに見送られて山門へ。

放生池の前の道しるべ。「本堂まで徒歩20分」とある。
池のほとりには不動明王や観音像、あずま屋が。
池のほとりには不動明王や観音像、そして小さな祠があり神秘的な雰囲気。
赤い鳥居には「竜女宮」の文字。「放生池」とはとらえた魚類などを放つために設けた池のこと。
丸っこいお地蔵様が座るカーブの先に山門がある。

数々の石仏に見守られて森の中の参道をゆく

立派な山門をくぐると、薄暗い森の中。やや急な階段を上っていくが、数々の石仏が道中を見守ってくれる。西国三十三か所の観音像もまつられており、一番、二番、とあらわれる観音様を見つけるとなんだか心強い。八十八か所の札所を歩いてめぐるときも、ひとつひとつ札所にたどり着いてはこんな気分だろうか、と小さな小さなお遍路さん気分だ。

本堂のある境内までこのような階段が続く。
きれいなお顔の石仏。
西国三十三か所の観音様も順にお参りしながら。
様々な姿かたちの石仏に見守られている。
ちょっと飄々とした感じのお姿。
道が暗くなっても、次の観音様が導いてくれる。

しばらく登ると、森の緑に映える真っ赤な帽子をかぶったお地蔵さんとその脇に小さな小屋が見えてきた。小屋の中の銀色のふたを開けると、透明で清らかな水をたたえている。「弘法大師御加持水」とあり、弘法大師が錫杖で清水を掘り出し、その水を加持して施し里人の病を治したという。どの季節にも涸れることがないという清水を少しいただくと、なんだか力が湧いて、一枚上着を脱いで先へ進むことにした。

里の人を病気から救ったと伝わる弘法大師ゆかりの湧き水。
竹林が見えてきた。だいぶ登ってきた感じがある。
下についている取っ手を引き上げ蓋をあけると、透明の清水を汲むことができる。
一本すっと立った杉の前にも石仏が。
たどりついた階段の先では、お大師様の像と娘が迎えてくれた。
ポケットをふくらませているのは境内で拾ったどんぐりらしい。

老若男女でにぎわう山上の空間

前方が明るくなってきて、弘法大師像の菅笠と、車で本堂へ先行していた娘のおかっぱ頭が見えてきた。本堂裏までは、車道が通じていて、多くのお遍路さんでにぎわう境内には、車椅子に乗ったお年寄りの姿もあった。

境内から今治市街を望むと、島が浮かぶ瀬戸内海まで、空を飛んでいるような視界で見渡すことができ、「仙人」が住んでいたというのもうなずける。景色を眺められるベンチには、おしゃべりを楽しむ女性の二人連れや、大きなリュックをおろして休むお遍路さん、境内には家族連れや団体さんが行き交い、山の上の空間は紅葉シーズンということもあって活気に満ちている。

この眺望を誇る作礼山には山城があったとされ、仙遊寺も創建以来、戦禍にのまれつつも再興を繰り返し栄えてきた。江戸時代には歴代藩主の崇敬を受けたが、昭和22年の山火事では堂宇を全焼。本尊と大師像は里の人々の協力により難を免れたという。ご本尊の千手観音とは、本堂に吊るされた紐でふれ合うことができる。紐の先は観音様につながっていて、そっと握ると心がぽっと温まった。

大師像の周りは八十八か所のお砂を納めたお砂ふみ霊場。横に鐘楼。
娘が先を駆けて本堂へと案内してくれる。
たくさんのお遍路さんがお参りしていた本堂。納経所も本堂の中に。
大師堂と手水舎(ちょうずや)。
平野の田園、市街地、瀬戸内海まで。今治の上空を飛んでいるかのような光景。
本堂脇には天然温泉のお風呂も備えているという宿坊が建つ。

駐車場から山を下る途中、栄福寺のある八幡山と工事中の犬塚池を眼下に見ることができた。地元の人の多くが、「犬塚」にまつわる栄福寺と仙遊寺を行き来した賢い犬の伝説を知っているのではないだろうか。昔、仙遊寺と栄福寺の両方を愛した犬がおり、仙遊寺の鐘が鳴れば作礼山に、栄福寺の鐘が鳴れば八幡山に登っていた。だがある時、両寺の鐘が同時に鳴ったので、犬はどうしてよいかわからず池に入って死んでしまったという。

子どものころに聞いた伝説は、当時犬を飼っていたわたしにはとても印象的で、友人の家が近いこともあり行ってみたいと思い続けていた。が、「子どもは危ないから池には近寄ってはいけない」と言われており、結局目にしたのは今回が初めて。たしかに、子どもが近づくのは危なそうだ。池は灌漑用で、寛政7年(1795)に着工、23年後に完成したという大池で、今治平野の田園を広く潤している。

本堂脇から駐車場に向かう通路の石仏たちを紅葉が彩る。
作礼山ふもとの車道脇にはお遍路さんの休憩所が設けられている。
八幡山、犬塚池、遠くしまなみ海道まで見渡せる。犬塚池は工事中で水が抜かれていた。
手押しポンプで水をくみ上げるのを見たのは初めてかも……。

美しい渓谷、名湯を有する今治の奥座敷へ足を延ばす

仙遊寺おさんぽの際のランチかブランチには玉川地区の人気店のパンをと思い、日を改めて紅葉も終わった冬の朝、左に作礼山を見ながら今治と松山を結ぶ幹線、国道317号線を行く。

子どものころ、ちょっとした「日帰り旅」に出るといえばこの道だった。今治という海辺の町から蒼社川沿いを、遠く連なる山々へと向かう。目的地は、旅館で日帰りプランも楽しめる鈍川温泉、家族でバーベキューを楽しめる渓谷などで、温泉や自然に癒されてご機嫌な人たちでにぎわっていた思い出がある。

近年かつてのにぎわいは失われつつあったが、2022年から温泉や食、ハイキングを楽しめるような地域活性化の構想がまとめられ、今後、鈍川温泉の旅館組合などが今治市と協議会をつくって構想の実現を目指すというから楽しみだ。

冬を迎えた蒼社川。右岸を走るのが国道317号線。
「パンカルチャー」でお買いもの。自然豊かな玉川では、行楽日和なら外でパンをほおばるスポットはたくさんある。ラムの香るカヌレをはじめ、どれもまた車を走らせたくなる味。
左に作礼山。山上の境内は今日もお遍路さんでにぎわっているだろうか。

途切れることなくお客さんが訪れる「パンカルチャー」で無事パンを買い込んだあと、近くの今治市玉川近代美術館に立ち寄ってみるが、臨時休館中。こじんまりとした親しみやすい館内で、ゆっくりと見ごたえのある近代洋画を楽しめる美術館だ。ワークショップやイベントなども行われており、アットホームな雰囲気も魅力的な場所である。

この美術館で、春と秋に一般公開される国宝がある。旧越智郡でいちばん高い山、楢原山で見つかった「伊予国奈良原山経塚出土品」で、銅宝塔は平安時代末期の逸品。昭和9年の8月、雨乞を行うために集った付近の住民が偶然発見したという。

美術館前から、遠く連なる山々を眺める。あのいちばん高いところに、国宝となる宝物が眠っていたとは。来春にはぜひ見に訪れたい。

非日常への小さな旅にうってつけの今治市玉川近代美術館。
美術館前から見える一番高い山がおそらく楢原山。

やさしい色と風合いに満ちた山間の織物工房

頬を切るような風に、寒い寒いと思っていたら、今日は冬至だ。せっかくここまで来たのだから、玉川ダムか鈍川温泉まで行ってみようかと思うが、身体は冷えてくるしなかなか踏ん切りがつかない。

ダムは寒い、温泉にしようと進んだ道すがら、「工房織座」の看板が目に入った。「織」という字になんとなく暖かさを感じて行ってみることに。

車を降りると「かっしゃんかっしゃん」と織機の音が聞こえてきた。静かな山間で、人の営みを感じる音になんだか「ほっ」とする。ショップのドアを開けるとスリッパが並んでいて、靴をぬいだらさらに「ほぅっ」となった。

店内には、暖かそうなストールやスヌードが並ぶ。素敵な色味と肌ざわりに今すぐくるまりたいくらいなのだが、「こんなところにこんなお店が」という驚きが勝って、決めきれない。さらに、自分でデザインしてストールを織ることができるというワークショップ(要予約)もあるということで、せっかくなら世界にひとつだけのストールがほしい、と思ってみたり。

もうすぐ迎える新年は、玉川に足を運ぶことが増えそうだ、と感じたこのおさんぽの終着点で、帰り際に柚子をいただいた。庭でとれたもので柚子湯にどうぞ、と。
帰りの車内は柚子の香りが漂って、とてもとても暖かく感じられたのだった。

駐車場から「かっしゃんかっしゃん」の音を聞きつつ訪れた「工房織座」
スヌードもたくさん。ドアガラスの向こうも繊細な織物のような色合いの世界。
多彩な色柄のストールが並ぶ。やさしい色合いも多く、手に取ったストールの色は「ローズベージュですよ」と教えてくれた。

構成・文・写真/薮谷恵(Flowers Know)